駒場・和楽庵へようこそ Welcome to Waraku-an.

「お茶を飲みたいけど機会がない」「どこに行けばよいかわからない」「お茶会に誘われたけれど、いただき方がわからない」「静かなお茶席で、お茶を飲みたい」どうか、駒場・和楽庵においでください。

いつでも釜の火を絶やさずにお待ちしております。

打ち水された露地、つくばい、床の掛け軸、釜、風炉先屏風など、一通り道具を見終わると、点前が始まります。
濃茶の席は、陰の席。聞こえる音は、松籟(釜の湯のたぎる音)と、つくばいの筧の水音。織部の菓子器から懐紙に主菓子を取りいただくうちに、お茶が出されます。高麗青磁の平茶碗にたっぷりとねられた濃茶。欠けた茶碗を呼び接ぎで直した跡が、長い間大事に使われてきた歴史を感じさせる。
静かなお茶席のひと時を、ぜひ皆さんに味わっていただきたい。そんな思いで、和楽庵を開きました。
和楽庵は、小堀遠州流で点前いたします。道具立ても、遠州好みのものを多くそろえました。小堀遠州流は、侘び茶とは一味違う「綺麗さび」といわれる武家茶道です。

戦国の世が終わり、幕府の世が確立してくると、大名をもてなす格式の高いお茶が求められるようになりました。おもてなしをするためにつくられてきたお茶といっても過言ではありません。ぜひ、お客様として、楽しく、おいしくお茶を召し上がってください。

小堀遠州流とは Kobori Enshu-ryu

小堀遠州流ウェブサイトより
小堀遠州公(政一:1579―1647)は江戸初期の頃、徳川幕府の重臣として文化に政治に行政にと活躍しました。
作事奉行として幕府や宮廷にかかわる建築、茶室や庭園の作事に関わり、その芸術的な美しさは今日まで高い評価をうけております。
遠州公は茶の湯を古田織部に師事し、徳川三代将軍の茶道指南として武家茶を確立、感性豊かに王朝文化への造詣も深く、藤原定家に起する定家様書体や、八分とも呼ばれる隷書体は遠州独特の世界をつくっています。
当小堀遠州流はこの遠州公と同腹の弟小堀正行(1583~1615)の裔であります。小堀正行は短命だったため、兄政一のようには知られていませんが、3000石の武将として徳川家康に仕え活躍しましたが、若くして兄政一の京都官邸にて病没しました。
正行は兄政一より茶道の教えを受けその奥義に達し、政一より正行へと伝えられた茶道は茶道文化を深めながら芸術性に富んだ遠州の美意識を受け継ぎ、代々相伝して今日に至っております。小堀遠州流は遠州公を流祖として当代家元小堀宗圓まで16代に渡っております。

庵主 前田宗令プロフィール Profile

平成元年に東京・江楽庵(佐々木宗弌先生)にて小堀遠州流と出会う。
平成22年、駒場・和楽庵開席
平成26年、体験茶席を始める。
現在、小堀遠州流松籟会常任理事・和光学園理事・和光大学同窓会副会長
中古CD・レコードショップ-イエロー・ポップ 代表取締役
株式会社W・E・L 代表取締役 ・ 株式会社ウィール 取締役

マナーとエチケット Manners  and Etiquette

茶室利用に関するマナー、エチケット、作法については、こちらガイダンスの記事より、御覧ください。

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